店舗のご案内

6代目店主よりご挨拶
江戸時代の創業以来、味と信用をいただいて営業を続けています。今後も、代々つづいた伝統の味をまもりながら、新しい時代のお菓子を創作し、人々に夢を与えていけるよう努力してまいりますので、どうか末永くご愛顧の程をよろしくお願い申し上げます。
旭饅頭の歴史
 初代 高倉辰治は、天保年間に豊後日田の東有田村でもち米を原料に砂糖をまぶした菓子『富貴與勢』(ふきよせ)を製造していた。辰治自慢の菓子は評判となり、はるばる江戸まで赴いて製法を伝授したと云う。その後、豆田町にて菓子屋「新盛堂有辰商店」を開業したのが慶応元年(1865年)のことと伝えられている。
その後、帆足ツネ(辰治の長女)が経営を受け継ぎ三代目 帆足猪十(ツネの長男)は、屋号を「旭饅頭」に改名し、饅頭専門店として再出発を図り傾き掛けた経営を立て直していった。しかし、はやり病のチフスにより急逝。まだ30代の若さであった。
四代目は髙倉マサ(猪十の長女)の婿となった坂本 好(京都生まれ、福岡県吉井町育ち)が持ち前の器用さでお菓子を創作、日田菓子工業組合の理事長も務めた。戦争で営業を一時中断していたが、戦後すぐに、出征していた坂本 功(好の長男)が復員して五代目を継承した。昭和27~28年頃には北九州の小倉に出店していたが、営業不振で引き上げた。昭和30年代は日田市内にもスーパーマーケットが進出してきた頃で、繁華街に進出してきたスーパーの食品担当の人が「日田のいろんなお菓子屋さんで試食したがお宅の饅頭が一番美味しい。是非、うちに商品を納入してもらえませんか」ということもあったようだ。(大量生産できないので断わったらしい)
現在は六代目店主 坂本 篤が、五代目の急死により昭和63年3月より経営を受け継いでいる。現在、地元だけでなく観光客にも人気の『栗そばまんじゅう』は、6代目考案のオリジナル商品である。平成23年5月には、文化庁の伝統的建築物群保存地区の補助を受けて店舗を全面リニューアル。江戸時代当時の店舗が再現されました。  
■安永2年(1773)建築の店舗外観

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